エンジニアの思考録

AIから見た“日本語という構文バグ”──ChatGPTが読み間違える幽霊構文

AIは、言葉の裏にある“空気”を読み取ることができません。
これは、ChatGPTを使ったことがある方なら、一度は体験されたことがあるのではないでしょうか。

たとえば、相談のつもりで入力したのに、断定的な返答が返ってきた。
「やってみようかな」と曖昧に伝えたのに、「今すぐ実行する」と解釈された。
あるいは、「知る人ぞ知る」と記述したのに、まるで情報がないかのようにスルーされた。

こうした現象は、AIの性能が未熟だから起きているのではありません。
むしろ逆で、日本語という言語自体が、AIにとって“仕様外”の構造を持っているためです。

本記事では、「ぞ」「のみぞ知る」「ならんことを」など、ChatGPTが誤解しやすい“幽霊構文”の正体を紹介しつつ、それらをどのようにプロンプト設計で矯正し、AIに誤読させないようにするかという実用的な視点で解説してまいります。

「なぜ伝わらないのか」と感じたその瞬間、問題の本質はあなたの言い回しに潜んでいるかもしれません。
本記事では、その疑問をAIの視点から紐解いていきます。

AIは“意味が明示される”前提で作られている

生成AI、特にChatGPTのような言語モデルは、「意味が明確に書かれている」ことを前提に処理されるように設計されています。

人間のように曖昧な表現や空気感から意図を読み取ることはできません。AIが理解できるのは、明示された情報と、それに基づく論理的な構造だけです。

そのため、日本語のように主語や目的語が省略され、行間やトーンに意味が乗る言語は、AIにとって最も誤解が起きやすい言語の一つといえます。

ChatGPTは「明示された情報」しか理解できません

ChatGPTの内部構造は、大量のテキストデータから学習した統計的なパターンと、文法・構文のツリー解析に基づいて応答を生成しています。

つまり、「Aと言われたらBを返す」というような形で動作しており、その根底には明確な入力情報が存在していることが前提となります。主語や目的語、条件や意図が曖昧なままでは、AIは的確な応答ができず、「とにかく何かを返す」しか選択肢がなくなってしまいます。

実際、多くのユーザーが感じる「ChatGPTの返答がずれている」「なんだか意図と違う」といった現象の多くは、この“前提のズレ”が原因です。人間が自然に省略している情報がAIには与えられておらず、文脈解釈に失敗している状態といえます。

日本語は“明示しないこと”に意味が宿る言語です

一方で、日本語は極端なまでに情報を省略し、あえて曖昧にすることで関係性を保とうとする特徴を持っています。

特に日常会話においては、「これ、どう?」「行けそう?」といったように、主語も目的語も明確ではない表現が当たり前のように使われています。そして、聞き手は空気や相手の立場を読んで内容を補完していきます。

しかし、この“補完”こそがAIには難しいのです。AIは感情も関係性も持たず、言葉の裏にある「言わずに伝える」文化を理解する仕組みを持っていません。

日本語の曖昧さは、人間同士であれば問題にならないのですが、AIにとっては“仕様外の例外処理”を毎回強いられる、非常に扱いづらい言語環境なのです。

その結果、論理的に構造化された質問に比べて、曖昧な日本語表現のほうがはるかに高い確率で誤読や誤解を引き起こすのです。

 日本語には“幽霊構文”が存在する──それがAIを狂わせる

日本語には、意味が曖昧でありながら日常的に使われている表現が数多く存在します。

文法的な意味がほとんど失われていたり、文脈によって真逆の解釈が可能であったりする、いわば“幽霊のような構文”です。

人間同士であればその場の空気や文化的な共通理解によって補完できるこれらの表現も、AIにとっては処理が非常に難しいものとなります。

情報の明示を前提とするAIに対し、こうした構文は誤読や暴走の温床となりうるのです。

「ぞ」──文法的意味を失った強調ゴースト

「うまいぞ」「行くぞ」などで使われる「ぞ」は、本来は係助詞と呼ばれる文法要素でした。

しかし現代日本語では係り結びの習慣が失われ、文法的な意味を持たないまま、ただ感情を強調する語感だけが残って使われています。

AIにとっては、この「ぞ」が何を修飾しているのかを明確に理解する手がかりがなく、意味の解釈に困る要素となります。

人間にとっては“勢い”や“ニュアンス”を与える役割を担っていますが、AIはそうした感情のトーンを文法から読み取ることができないため、しばしば無視するか、無意味な文字列として扱ってしまうのです。

「知る人のみぞ知る」──情報ゼロだが共感を要求

「知る人のみぞ知る」という表現は、一見すると情報を含んでいるように思えますが、実際には何が知られているのか明示されていません。それでも日本語話者の間では、「一部の人だけが知っている価値ある事柄」というニュアンスで通じてしまいます。

このような“意味を含ませる”タイプの言い回しは、AIにとっては情報が欠落している状態と見なされます。

そのため、文全体の流れの中で何を伝えたいのかを判断できず、返答の精度が著しく低下します。つまり、人間にとっては共感を呼ぶ表現であっても、AIにとっては“中身がない曖昧な文章”になってしまうのです。

「ならんことを」──否定/肯定が文脈で反転するシュレディンガー構文

「〇〇ならんことを」という表現は、文語調の願望表現ですが、文脈によって「〇〇であってほしい」なのか「〇〇でないようにしてほしい」なのかが逆転する極めて特殊な構文です。

例えば、「災いが起こらんことを」であれば災いが起こらないことを祈る意味になりますが、「幸せが続かんことを」と言えば、それが肯定なのか否定なのかは文脈や話者の意図次第です。

このような構文は、人間でも意味の解釈に混乱が生じることがありますが、AIにとっては完全に“解釈不能”なフレーズになります。

情報の明示がないうえに、文法構造だけでは意味が確定できないため、AIは結果として無難なテンプレート応答か、的外れな返答をする可能性が高まります。

日本語のこのような曖昧性は、AIにとって“仕様外”の処理を毎回要求する、まさに構文的バグのような存在なのです。

AIプロンプトに日本語を使うときの設計注意点

ChatGPTのような生成AIと日本語で対話するときには、普段使っている日本語とは違う“設計意識”が求められます。

日常会話では問題にならない曖昧さや言葉の省略が、AIにとっては命令の誤解や暴走の原因となってしまうからです。プロンプトは人間相手ではなく、論理で動く機械への命令文です。感覚ではなく、意図と情報を明示する“設計”が必要なのです。

曖昧さは致命傷:主語と条件を明示しましょう

AIとの対話で最も多く発生するエラーの一つが、主語や対象が省略された曖昧なプロンプトです。

たとえば、「これ、どう思う?」という質問では、「これ」が何を指しているのかがAIには判断できません。

また、「今日の予定は?」という問いも、カレンダーの対象が「誰のものか」「どのカレンダーか」が明示されていないと、意図を正確に理解できません。 AIにとっては、文脈の補完をしてくれる“空気”は存在しません。

そのため、プロンプトの中には必ず主語・対象・条件・目的を含めるように設計することが重要です。

「あなた(ChatGPT)は、〇〇に関する意見を述べてください」「2023年5月9日の私のGoogleカレンダーの予定を表示してください」といったように、構文のすべての要素を明示することが基本となります。

感情語は避け、行動ベースで指示を出しましょう

日本語では「なるべく丁寧に書いて」「ちょっと気持ちを込めて」「やんわりと否定して」など、感情や雰囲気を含んだ命令文がよく使われます。

しかし、こうした指示はAIにとって非常に曖昧で、出力される文章が想定と大きく異なる原因になります。

感情ベースではなく、具体的な「行動ベース」で指示を出すことで、より安定した応答が得られます。

たとえば、「少し優しい感じで注意して」は「否定的な表現は避けつつ、論点を明示してください」と書き換えることで、AIが処理可能な形になります。

必要であれば英語フレーズに置き換えるのも有効です

日本語プロンプトではうまく動作しない場合、英語での指示に切り替えることで問題が解決することがあります。

特にChatGPTは英語でのトレーニング量が圧倒的に多いため、英文の指示の方が精度が高くなる傾向があります。

たとえば、「それっぽく返して」という曖昧な日本語よりも、「Respond in a casual tone with slight humor」のような英語の方が意図が正確に伝わります。

必要であれば、英語のプロンプトを併用することで、AIの持つ能力をより引き出すことができます。プロンプトの品質は出力の質に直結するため、言語の壁にこだわらず、最適な指示方法を選ぶ柔軟さが求められます。

気づかぬうちにAIと衝突している──幽霊構文が生むすれ違い

[ プロンプト設計で躓く表現例の一覧 ]

表現例人間の理解AIの混乱点
やってもいいかも前向きだが迷いあり肯定か否定か判別できない
まぁ、そんな感じで話を曖昧に締めている結論も目的も不明
○○な気がする断定は避けつつ主張情報として曖昧すぎる
うまく言えないけど本質を言語化できていない指示の具体性が欠落
しっくりくる感じで書いて感覚的な完成像を求めているスタイル・目的が未定義
少しやさしめにトーンを調整したい「やさしさ」の定義が不明
なんか変なんだよね違和感を共有したい修正対象が具体的でない
察してくれると嬉しい暗黙の意図を伝えようとしているAIは行間を読めない
うまいことまとめて内容整理を委ねたい論点・目的が未定義
ざっくりとお願い完璧さよりスピード重視“ざっくり”の範囲が不明
いいかんじで ひとつ場の空気・商談文脈で通じる営業用語行動の指示が一切含まれていない
では、いきますかっテンションと合意形成の儀式具体的に「何を」「どうやって」が抜けている

これらの幽霊構文が発端となり、いつもChatGPTとの間に小さな衝突が起きてしまいます。自分としては何気ない言い回しで指示を出しているつもりでも、AIにとっては「何をすればいいのか分からない」曖昧な命令として受け取られてしまうのです。

特に「いいかんじで」「しっくりくるように」「いきますかっ」など、自分の営業時代の癖や口調がそのままプロンプトに出てしまったとき、AIは高い確率で誤解します。人間であれば、声のトーンや場の流れから汲み取れるような内容でも、AIにはその前提が存在しません。

こうして、こちらの意図が正しく伝わらず、返ってきた回答に対して「なんでそうなるんだよ」と思ってしまう。その繰り返しが、ジプとのすれ違いの根っこにあるのだと、ようやく気付き始めました。

AIと人間のあいだには、言語というツールの使い方そのものに、大きな“文化的断絶”があるのです。

実際に、こうした曖昧な日本語の指示をどのように制御し、AIに誤解させない仕組みとして構築するのかについては、以下の記事で具体的な事例を紹介しています。

幽霊構文を再設計する──面影AIと“空気感の処理”

日本語に含まれる「幽霊構文」は、AIにとって理解不能な構造である一方で、人間にとっては文化や感性を反映する大切な表現でもあります。

単に削除や回避をするのではなく、こうした非論理的な表現をいかに“扱えるもの”として仕組みに落とし込むかが、今後のAI活用における重要なテーマです。

ここでは、ChatGPTを「解釈する存在」ではなく「補完する仕組み」として再定義し、日本語特有の空気感やあいまいさをどう処理すべきかについて考えていきます。

ChatGPTを“解釈機”ではなく“補完ツール”として扱いましょう

ChatGPTにすべての意図を正確に解釈させようとするのは現実的ではありません。

なぜなら、AIには「空気を読む」という能力がないからです。

ユーザー側が構文や意図のテンプレートを設計し、ChatGPTにはそれを“補完させる”役割を担わせることで、曖昧な日本語によるブレを制御することが可能になります。

たとえば、「やわらかく伝えたいが、内容はしっかり伝えたい」というような感覚的な目的をもとに、「以下の文を丁寧語で再構成しつつ、批判のニュアンスを残してください」といった具体的な補完指示を与えることで、AIの誤読を避けやすくなります。

つまり、ChatGPTは“汲み取る存在”ではなく、“整える道具”として使うべきです。

感性を数式化する仕組みの設計思想が求められます

感情や雰囲気をAIに正確に伝えるためには、それらを何らかの形式に変換する必要があります。

ここで有効なのが、「感性を分解し、定義に落とし込む」という設計思想です。

「しっとり」「威厳がある」「やんわり」といった主観的な表現を、文体・語尾・肯定語の使用割合といったパラメータに置き換えることで、AIが処理可能な命令文に再構成することができます。

筆者が現在試作中の“面影AI(仮称)”では、このような曖昧な感性を構造化し、補助的に処理できる仕組みの実装を試みています。

感性を感覚のまま渡すのではなく、「再現可能な設計図」として分解することが、AIにとっての理解の前提となるのです。

非論理構文を活かすには、仕組みが先に論理を包んでおく必要があります

「曖昧なまま伝わる」という日本語の強みをAIでも活かすには、それをそのまま使うのではなく、周囲を論理で包んでから入力する必要があります。

たとえば、「知る人のみぞ知る」といった表現をプロンプト内に使いたい場合、その前後に「これは一部の読者にだけ刺さる内容である」や「詳細はあえて明記しないが、価値があるとされている」といった説明を添えておくことで、AIが正しくその意図を理解しやすくなります。

日本語特有の非論理構文は、単体では意味が伝わりにくいですが、事前にそれを包み込む“設計済みの論理枠”があれば、むしろ独特な表現として効果的に使うことができます。

非論理を排除するのではなく、論理で囲って扱う。この発想が、日本語とAIを両立させるための鍵となります。

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