
ネットワーク通信の根幹を支える「MACアドレス」と「ブロードキャスト」は、アプリケーションエンジニアにとっても無視できない基礎技術です。
IPアドレスやルーティングに注目が集まりがちですが、通信の最初の一手は「どの機器に届けるか」を決めるMACアドレスから始まります。
この記事では、インフラ未経験の方でも理解できるように、MACアドレスの仕組みやブロードキャスト通信の特徴、さらにそれらがどのように実務で使われているかまでを丁寧に解説します。
ネットワークトラブルの根本原因がMACレイヤにあるケースも多く、理解しておくことでトラブル対応力にも差が出ます。
MACアドレスとは何か?
MACアドレスは、ネットワーク通信において機器を一意に識別するための物理的なアドレスです。
OSI参照モデル層 | 主な役割 | 使用するアドレス | アドレス例 |
---|---|---|---|
L3(ネットワーク層) | 論理的な通信経路の選定(ルーティング) | IPアドレス | 192.168.1.100 |
L2(データリンク層) | 同一ネットワーク内での端末の識別とデータ転送 | MACアドレス | 00:1A:2B:3C:4D:5E |
IPアドレスと異なり、通信相手が同一ネットワーク内にあるかを判断するための基本的な指標として使われます。
多くのアプリケーションエンジニアはIPアドレスの知識には慣れていますが、MACアドレスの役割や仕組みを理解していないと、ネットワークトラブルの本質的な原因に気づけないことがあります。
このセクションでは、MACアドレスの基本的な役割と構造を解説し、実務でも混同しやすい「物理アドレス」と「論理アドレス」の違いにも触れていきます。
MACアドレスの役割と仕組み
MACアドレス(Media Access Control Address)は、ネットワーク機器に割り当てられた世界で一意のアドレスです。
LAN内の通信では、宛先となる機器のMACアドレスに基づいてデータが届けられます。これは郵便の仕組みに例えると、IPアドレスが郵便番号で、MACアドレスは番地に相当します。

データリンク層では、同一ネットワーク内の機器同士をMACアドレスで識別して通信します。IPアドレスだけでは通信できず、ARPを使って相手のMACアドレスを解決することで、最終的にイーサネットフレームとしてデータを送信します
イーサネット通信では、データはフレーム単位で送受信されます。その際、フレームには「送信元MACアドレス」と「宛先MACアドレス」が必ず含まれています。スイッチングハブは、この情報をもとに通信先ポートを特定し、フレームを転送します。
つまり、MACアドレスはLAN内でデータを正確に届けるための最重要情報なのです。
通信の流れを簡略化すると、以下のようになります。
送信者 → スイッチ → 宛先機器
↑
フレーム内にMACアドレスを記載して転送
このように、MACアドレスがなければ同一ネットワーク内での通信すら成立しません。
IPアドレスがわかっていても通信できない理由
IPアドレスは論理アドレスであり、通信先の「住所」にはなりますが、実際のデータ転送にはMACアドレス(物理アドレス)が必須です。通信の過程で、IPアドレスからMACアドレスへ変換する必要があります。これを行うのが ARP(Address Resolution Protocol) です。
通信手順
- 自分のIPアドレス:192.168.1.10
- 宛先のIPアドレス:192.168.1.20 を知っている
- でも MACアドレスはまだ知らない
- ARPリクエストをブロードキャストして宛先MACアドレスを問い合わせる
- 宛先がARPリプライで自分のMACアドレスを返す
- MACアドレスがわかって初めてフレームを送信できる
つまり、MACアドレスがわからなければフレームの宛先が不明なため、そもそも通信は開始されません。
🔎 ARP(Address Resolution Protocol)とは?
ARP(アドレス解決プロトコル)は、IPアドレスから対応するMACアドレスを取得するためのプロトコルです。通信相手のIPアドレスはわかっていても、実際にデータを送るにはMACアドレスが必要になります。ARPはこのギャップを埋める役割を担います。
送信側が「このIPアドレスに対応するMACアドレスを教えてください」とネットワークにブロードキャストし、該当する端末が「それは私です」と応答することで、MACアドレスを解決します。
📦 実際のパケット情報の例(図をもとに擬似表現)
以下は、送信元PC(198.51.100.104 / MAC: 00:1A:2B:3C:4D:5E)から
受信先サーバ(203.0.113.18 / MAC: 00:25:96:AB:7C:4F)に向けた通信におけるパケット構成の一例です。
【L2: データリンク層】
宛先MAC: 00:25:96:AB:7C:4F
送信元MAC: 00:1A:2B:3C:4D:5E
タイプ: IPv4 (0x0800)
【L3: ネットワーク層】
宛先IP: 203.0.113.18
送信元IP: 198.51.100.104
【L4: トランスポート層(TCP想定)】
宛先ポート: 80
送信元ポート: 49532
物理アドレスと論理アドレスの違い
ネットワークの学習を始めたばかりの方が混乱しやすいのが、「物理アドレス(MACアドレス)」と「論理アドレス(IPアドレス)」の違いです。

両者はまったく別のレイヤで機能しており、それぞれの役割も明確に異なります。
物理アドレスは、機器のネットワークインターフェースカード(NIC)にメーカーが割り当てた一意の識別子で、基本的には変更されることがありません。
一方、IPアドレスはネットワーク構成に応じて変更されるものであり、ネットワーク上の論理的な位置を示します。
以下の表は、両者の違いを整理したものです。
比較項目 | 物理アドレス(MACアドレス) | 論理アドレス(IPアドレス) |
---|---|---|
主な役割 | 機器を一意に識別 | ネットワーク上の位置を識別 |
レイヤ | データリンク層 | ネットワーク層 |
変更の可否 | 基本的に固定(NICに焼き付け) | 柔軟に変更可能 |
例 | 00:1A:2B:3C:4D:5E | 192.168.0.1 |
このように、MACアドレスは機器の「固有情報」、IPアドレスはネットワーク内での「住所」のようなものです。両者が連携することで、正確な通信が可能となっています。
MACアドレスの構成と表記形式
MACアドレスは48ビット(6バイト)の長さを持ち、一般的には16進数で表記されます。多くの機器では、以下のような形式でMACアドレスが表示されます。
00:1A:2B:3C:4D:5E
このアドレスは2つの部分から構成されています。
- 前半24ビット(3バイト):ベンダーID(OUI: Organizationally Unique Identifier)
- 後半24ビット(3バイト):ベンダー内部で一意に管理されたシリアル番号
つまり、MACアドレスから製造元が特定できる仕組みになっています。
実際に以下のようなコマンドを使えば、現在の機器に設定されているMACアドレスを確認することができます。
ip link show
また、Windows環境であれば以下のコマンドでMACアドレスを確認可能です。
ipconfig /all
MACアドレスの表記形式は、環境によってコロン(:)区切り、ハイフン(-)区切り、または連続した16進数で表示されることもありますが、意味する内容は同じです。
例えば、以下は同一のMACアドレスの別表記です。
00-1A-2B-3C-4D-5E 001A.2B3C.4D5E
このような形式の違いを見分けられるようになると、実務でもMACアドレスに関するトラブルの解析がスムーズになります。
ブロードキャストとは何か?
ブロードキャストとは、ネットワーク上の同一セグメントに存在するすべての機器に向けて情報を一斉に送信する通信方式を指します。
これは主に、宛先MACアドレスが特定できないときや、すべてのホストに情報を伝えたいときに使われます。
例えば、IPアドレスとMACアドレスを対応づけるARPリクエストでは、ブロードキャストが不可欠です。
このセクションでは、ブロードキャスト通信の基本的な仕組み、他の通信方式との違い、さらにネットワークに与える影響までを解説します。
ブロードキャスト通信の仕組みと例

ブロードキャスト通信では、特定の宛先にではなく「同一ネットワーク上のすべての機器」に向けてデータが送信されます。
このとき使われるMACアドレスは以下のような全ビット1の特殊アドレスです。
FF:FF:FF:FF:FF:FF
このアドレスが宛先として指定されたフレームを受け取った機器は、自分宛かどうかにかかわらず必ず内容を確認します。
これが、ブロードキャストの本質です。 実際の例としては、以下のような通信でブロードキャストが利用されます。
利用例 | 説明 |
---|---|
ARPリクエスト | IPアドレスに対応するMACアドレスを問い合わせる |
DHCPディスカバリ | IPアドレスを持たない端末が、ネットワーク上のDHCPサーバを探す |
NetBIOSネームブロードキャスト | LAN上の他のPCを名前で見つける |
これらはいずれも、誰が応答すべきか分からない前提でネットワーク全体に問いかけを行う必要がある場面です。
ユニキャスト/マルチキャスト/ブロードキャストの違い
ネットワーク通信には、ブロードキャスト以外にもいくつかの方式が存在します。
代表的なものにユニキャストとマルチキャストがあります。 これらの違いを整理すると以下のようになります。
通信方式 | 宛先 | MACアドレスの形式 | 主な用途 |
---|---|---|---|
ユニキャスト | 1対1 | 例:00:1A:2B:3C:4D:5E | 通常の通信全般 |
マルチキャスト | 1対複数(特定のグループ) | 例:01:00:5E:xx:xx:xx | IPTV、ビデオ会議など |
ブロードキャスト | 1対全(同一ネットワーク内) | FF:FF:FF:FF:FF:FF | ARP、DHCPなどの初期通信 |
ユニキャストは最も一般的な通信方式で、送信者と受信者が明確です。

この図は「異なるセグメント間での通信時に、どのようにパケットが送られるか」を表しています。特に重要なのは「ブロードキャストはセグメント(サブネット)を越えない」というネットワークの基本原則です。
異なるセグメント宛(例:192.168.1.0/24 → 192.168.2.0/24)
異なるサブネットへの通信では、送信元ホストはまず「デフォルトゲートウェイ(仮想ルーター)」にパケットを渡します。以下のような流れになります。
- 送信元は、デフォルトゲートウェイのMACアドレスをARPで取得します。
(これは同一セグメント内のためブロードキャスト) - 取得したMACアドレス宛にIPパケットをユニキャストで送信します。
- ゲートウェイはルーティングにより、宛先が所属するセグメント(例:192.168.2.0/24)へパケットを転送します。
- この転送は、宛先ホストのMACアドレス宛のユニキャスト通信です。
ブロードキャストがネットワークに与える影響
ブロードキャストは便利な仕組みではありますが、過剰に発生するとネットワークに深刻な影響を与えます。その代表例がブロードキャストストームです。 ブロードキャストストームとは、大量のブロードキャストが発生し、ネットワーク内の全機器がそれに応答し続けることで、通信がほとんどできなくなる現象です。
これは以下のような状況で発生します。
ネットワークループが存在する(スイッチ間の誤配線) ARPリクエストの無限ループ ウイルス感染端末による異常なブロードキャスト送信 こうした事態を避けるために、ネットワーク設計では以下のような対策が講じられます。
対策 | 概要 |
---|---|
VLAN分割 | ブロードキャストドメインを小さくする |
スパニングツリープロトコル(STP)の利用 | スイッチ間のループを論理的に遮断 |
ブロードキャスト制限設定 | スイッチやルーターで閾値を設定 |
また、最近の企業ネットワークでは、ブロードキャスト通信の最小化が意識された構成が多く見られます。これは、トラブル予防だけでなくセキュリティ面でも有効です。
MACアドレスとブロードキャストの活用例と注意点
ここまで、MACアドレスとブロードキャストの基本的な仕組みや構造について解説してきました。
ここからは、それらが実際のネットワークの中でどのように活用されているのか、そして注意すべき落とし穴やトラブルの回避方法について解説します。
MACアドレスとブロードキャストは、単なる仕組みの理解に留まらず、実際の設計や運用において重要な判断要素となる場面が多くあります。
ネットワークトラブルやセキュリティ事故の一因にもなり得るため、活用と注意点をセットで理解しておくことが重要です。
DHCPやARPでの利用シーン
MACアドレスとブロードキャストが最も典型的に利用される場面の一つが、IPアドレスを取得する際のDHCP(Dynamic Host Configuration Protocol)と、IPアドレスとMACアドレスを関連付けるARP(Address Resolution Protocol)です。
DHCPを使ってIPアドレスを自動取得する際、PCなどのクライアントはまだ自身のIPアドレスを持っていない状態です。
そのため、ネットワーク上のDHCPサーバに向けて、MACアドレスを使って以下のようなブロードキャスト通信を行います。
DHCPによるIPアドレスの自動取得の流れ
- DHCP Discover(ブロードキャスト)
→ クライアントが「IPください!」とネットワーク全体に投げる。ここでMACアドレスとブロードキャストが使われる。 - DHCP Offer(ユニキャスト)
→ サーバが「このIP使っていいよ」と提案する。クライアントのMACアドレスを見て送っている。 - DHCP Request(ブロードキャストまたはユニキャスト)
→ クライアントが「それ、使います」と返事する。 - DHCP Ack(ユニキャスト)
→ サーバが「OK、設定完了」と最終的な割り当てを通知。
これらの最初の段階では、MACアドレスとブロードキャストの組み合わせがなければ通信を開始することすらできません。
また、ARPでは、あるIPアドレスの機器に通信を行うために、対応するMACアドレスを問い合わせる必要があります。
以下はARPの典型的な流れです。
送信元:「192.168.1.20のMACアドレスを教えてください(ブロードキャスト)」
応答先:「192.168.1.20のMACアドレスは00:1A:2B:3C:4D:5Eです(ユニキャスト)」
このように、通信の初動段階ではMACアドレスとブロードキャストが密接に関係しており、IPアドレスが分かっていてもMACアドレスが不明な場合は、通信が成立しないことが理解できます。
MACアドレスフィルタリングの活用例
MACアドレスは機器ごとに固有の値であるため、ネットワーク管理においてセキュリティ機能として活用される場面があります。
その代表例がMACアドレスフィルタリングです。 MACアドレスフィルタリングとは、許可されたMACアドレスの機器だけをネットワークに接続させる機能であり、主に以下のようなシーンで使われます。
利用シーン | 説明 |
---|---|
無線LAN(Wi-Fi)のアクセス制限 | 特定のデバイスのみがSSIDに接続可能 |
ゲストネットワークの制御 | 一時的に許可された端末だけに接続を許可 |
企業ネットワークの資産管理 | 登録された社内端末だけにLAN接続を許可 |
設定は多くのルーターやスイッチ、無線アクセスポイントにおいて可能であり、管理者が機器のMACアドレスをホワイトリストまたはブラックリスト形式で登録することができます。
ただし、MACアドレスは偽装が容易であるため、この仕組みはあくまで「簡易的なセキュリティ対策」である点には注意が必要です。
より強固なセキュリティを求める場合は、IEEE 802.1X認証などと組み合わせることが推奨されます。
ブロードキャストストームとその対策
MACアドレスを含むブロードキャスト通信は、適切に使えばネットワークを効率的に動作させますが、過剰に発生するとネットワーク障害の原因となります。
特に厄介なのが「ブロードキャストストーム」です。
ブロードキャストストームとは?
ブロードキャストストームとは、ループ構成のネットワークでブロードキャストが無限に繰り返されることにより、ネットワーク全体が飽和状態に陥ってしまう現象です。
発生すると以下のような深刻な影響があります。
影響内容 | 詳細 |
---|---|
通信遅延・停止 | ネットワーク全体のレスポンスが著しく低下 |
スイッチのリソース枯渇 | MACアドレステーブルが短時間であふれる |
業務システム停止 | ファイルサーバやクラウドサービスとの接続に支障 |
こうした事態を防ぐため、以下のような複数の対策手段が現場では採用されています。
対策手段 | 具体的な内容 |
---|---|
スパニングツリープロトコル(STP) | スイッチ間のループを自動で遮断し、循環を防止 |
VLANによるブロードキャストドメインの分離 | ネットワークを論理的に分割し、影響を局所化 |
ブロードキャスト抑制機能 | スイッチやルーターが一定量以上のブロードキャストを遮断 |
ネットワーク設計の見直し | 冗長構成と安全設計に基づいたケーブリング |
実際の企業ネットワークでは、これらの手段を組み合わせてブロードキャストの影響を最小限に抑える設計が一般的です。
特にループ構成におけるSTPの設定ミスや未設定が、障害の温床となるケースが多いため、設定確認は運用前に必ず実施しておく必要があります。
また、最近ではL2スイッチに「ストームコントロール」という機能が搭載されていることも増えており、特定のポートでブロードキャストの量を監視・制限することが可能になっています。
現場での運用を安定させるためにも、これらの機能を積極的に活用していくことが求められます。
まとめ
MACアドレスとブロードキャストは、ネットワーク通信における最も基本的かつ重要な要素です。
MACアドレスはLAN内での通信の起点となる識別子であり、ブロードキャストはネットワーク全体に情報を伝えるための手段として利用されます。
特に、DHCPやARPといった初期通信プロトコルにおいては、MACアドレスとブロードキャストがなければ通信が開始されません。
また、MACアドレスはセキュリティ管理にも活用される一方で、ブロードキャストはネットワーク設計の甘さや設定ミスによって深刻なトラブルを招く原因にもなります。
この記事を通して、仕組みの理解だけでなく、実務での活用方法や注意点までを具体的に学んでいただけたはずです。
ネットワークの基礎をしっかりと理解することは、トラブルシューティングの第一歩であり、安定したシステム運用の土台となります。
▶︎ 次は「ポート番号とトランスポート層の基本: TCP/UDPの使い分けと通信制御」の動作を理解してみましょう。